文化・芸術

2016年7月 3日 (日)

「流転 The Silent Views 福島&チェルノブイリ写真展」

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友人に勧められ、写真展を見てきました。

「流転 福島&チェルノブイリ写真展」

茅野市民館 市民ギャラリー 入場無料 7月6日(水)まで

チェルノブイリと福島の現状を撮った写真展です。

原発事故から30年経っても、いまだに高放射線が残り、ソビエト時代のままの廃墟の建物が残るチェルノブイリの写真。

フリーカメラマンの中筋純さんは幾度もチェルノブイリを訪れて、石棺に覆われる発電所とその周囲の風景を写真に収めて来られたようです。

そして5年前に福島でおこってしまった事故。

中筋さんは福島にも足繁く通い、貴重な写真を撮られてきたようです。
作品を見ていると、せつなさや、人間のおごりと無力さを感じます。

茅野市民館、市民ギャラリーを入ると、福島の野球場に放り込まれた廃棄物と残土の山、の大きな写真がありました。
作者の中筋純さんと作品です。

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↓上段が福島、下段がチェルノブイリ  同じような光景です。

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                 ↑チェルノブイリの遠景

↓誰もいない浪江町、富岡町  ガソリンスタンドもビニールハウスも放置された車も、ツタや植物に覆われています。

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「写真展の写真をどんどん撮って拡散して下さい」とのことでしたので、急いでブログにアップしました。(私は写真を撮るのが超ヘタなので、中筋さんの素晴らしい写真の良さが伝わっていないですね。是非会場でご覧ください)

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この写真展は、全国に巡回されるようです。

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 一般的な報道では知らされない状況を、ホンの少し垣間見れた写真展でした。

是非お近くの会場に足を運んでみてください。


 

2016年1月 8日 (金)

「竹久夢二と中山晋平」展

Imgart富士見町「高原のミュージアム」で開催中の「竹久夢二と中山晋平」展に母を連れて行ってきました。

富士見町は山梨県との境にある町、JR富士見駅北隣にある町営の複合施設の中に「高原のミュージアム」はあります。

中山晋平は北信濃、中野市の出身。明治20年に生まれ、東京音楽学校で学び、童謡・流行歌・小唄など、親しみのある曲を数多く生み出した作曲家です。
「毬と殿様」「兎のダンス」「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」「東京音頭」などなど誰もが知っている曲がたくさんあります。

竹久夢二は明治17年岡山県に生まれ、夢二式美人画で一世を風靡した画家。
夢二は結核のため51歳で富士見町高原療養所にて亡くなりました。

夢二と言うと、和服を着た女性の絵が思い浮かびますが、展示の中にはモダンでカラフルなドレスを着たかわいい女の子の絵などもあり、興味深かったです。

Yjimage展示の大半は、表紙に夢二の美人画のカットが描かれ、夢二が装丁した晋平の楽譜です。60点ほどありました。中には「マノンレスコーの唄」などもありました。
長野県各地の小唄「須坂小唄」「千曲小唄」「中野小唄」などもありました。

夢二が最後を過ごした富士見高原療養所(今の富士見高原病院)は、堀辰雄の「風立ちぬ」など名作の舞台でもあります。
私も富士見町に住んでいたことがあり、高原病院は出産のときなどお世話になった病院です。あのころは(もう四半世紀前ですが…^^;)まだ古い療養病棟が残されていました。ノスタルジックな建物で、今は取り壊されてしまい残念です。

常設展も見られます。常設展には、堀辰雄のほか、富士見の地を愛した作家、伊藤左千夫や田山花袋、アララギ派の島木赤彦や斎藤茂吉などに関するものが展示されてあります。

会期は2016.1.24(日)まで。開館時間9:30~17:00 月曜日休館 入館料300円です。

土曜日の昼下がりに出かけたのですが、美術展には誰もいなくて、なんてもったいない!300円ですよ。皆さん、ぜひお出かけください。

2015年11月16日 (月)

「モネ展」から「カフェ・ラルゴ」へ①

11/14(土)この時期にしては暖かなrainがそぼ降る中、東京へ行ってきました。
私が東へ向かう時は富士山は見えない。そんなあずさの車内でスマホを見ると、パリで起きた多発テロの悲惨なニュース。また無実な人々が犠牲になってしまった。悲しい現実ですね。
車内で読んだのが今日の予習も兼ねた原田マハ「ジヴェルニーの食卓」。面白かったです。

Img_0003さて、上野・東京都美術館にまっしぐら。モネを嫌いな日本人はいないだろう。案の定、館内は混んでいました。
遠く離れた場所から見たい絵もありましたが、人の頭しか見えません。

今回はパリ・マルモッタン美術館所蔵品から60点のモネの絵画と30点のモネ収集の絵画などが展示されていました。

クロード・モネ(1840~1926)はフランスの画家。印象派の筆頭に挙げられます。

展示室最初は、幼い自分の息子を描いたものなど家族の肖像が並んでいます。次の展示室には花を描いたものと風景画がありました。ここで人気だったのが「霧のヴェトゥイユ」。↓
Img_0005有名な大聖堂シリーズや国会議事堂などに似て、霧の中に幻想的に浮かぶ建物が描かれています。実物はもっと白っぽくて、本当に濃い霧にかすんでいるように見えました。クリックで画像を大きくしてご覧ください。

次の展示はモネが収集した水彩画やエッチングが並んでいました。ドラクロワ、ピサロ、シニャックなど、素敵な小品ばかりでした。
次には10代のモネが鉛筆で描いたカリカチュアの小品が並んでいました。人物をデフォルメして書いたものです。驚きました。睡蓮のイメージからは程遠く、漫画のようないたずら書きのような絵です。

次に今回の目玉「ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅」(1877.65×81cm)の展示ですが、あまり人気がなかったです。展覧会前期はあの有名な「印象、日の出」の展示だったのですが、後期は入れ替えで「サン=ラザール駅」の展示。
同じ題材でモネは12点描いたようです。蒸気機関車が新しい乗り物として社会を変えていたころの活気ある様子が伝わります。
でも…以前オルセーで見た「サン=セザール駅」のほうが良かった。
比べて見るとこんな感じです。

今回の展示↓                          オルセー美術館の作品↓
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次にノルマンディーの素敵な風景画が並び、いよいよ「睡蓮」へ。ここには睡蓮を描いたものはじめ、10点のジヴェルニーの庭を主題にした作品があります。
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正面に展示された横2mほどの大きな「睡蓮」には驚きました(画像は一部です)。まるで描きなぐったような荒々く太いタッチと鮮やかな色彩、何を描いたのかわからないような作品でした。この時期モネは白内障を患い、よく見えていなかったようです。モネの苦悩が感じられました。この後モネは目の手術をし,死後オランジュリーに収められる大作「睡蓮」を描き上げたとのことです。

記事冒頭のチラシにある「睡蓮」は、展示室が暗いうえに照明が絵に当たって反射し、全体がよく見えませんでした。できればモネが描いたように自然光の中で見たいものですが、パリまで行かないとむずかしいのかもしれません。(海外の美術館はもっと明るいです)

最後の展示は最晩年のものでジヴェルニーの庭の柳や池と日本橋を描いたものですが、色彩がとても感覚的で、しかし力強いものでした。

今回のチラシ裏面

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「印象日の出」はこれから京都・福岡の巡回展で見られるようです。
隣の「国立西洋美術館」にもモネの作品が10点ほどあります。常設で見られますし、内容もとても良いです。他にもすばらしい作品がたくさんあるのでおすすめします。
今回の展示、正直言って☆☆☆☆☆くらい。昨年世田谷美術館でみた「ジャポニズム展」のモネのほうがインパクトありました。
睡蓮は日本の美術館にも所蔵されているので、また色々見たいと思います。
モネの作品で個人的に一番好きなのは「かささぎ」です。四国にあるという「ジヴェルニーの庭」は訪れてみたいです。

さて、上野を後にし練馬に向かいました…。続く。




2014年9月26日 (金)

スタインウェイ物語~雑誌「AGORA]より

001JALカードの月間情報誌「AGORA]8・9月合併号にスタインウェイ物語と題した12頁の特集がありました。(表紙はベネチアの風景で素敵)

フルカラーの写真も魅力的で、ピアノど素人の私にも面白い記事でした。

スタインウェイはマンハッタンに巨大な工場があり、1台のピアノの製造に300人の職人が携わり、すべて手作りなのだそうです。
年間製造台数は1200台に満たないとのこと。

ショールームは超豪華!
003地下には巨大な調律室があり、ラフマニノフやホロヴィッツ、ルービンシュタインもここで選んだとか。
運送専門のスタッフも誇りを持って仕事をしているようです。

同じ号に、スペイン北部・パンプローナの特集もあり、こちらも面白かったです。

あまり詳しく書くとAGORA誌に怒られそうなので、ここらへんまで。

2014年8月26日 (火)

世田谷美術館「ボストン美術館・華麗なるジャポニズム展」行ってきました

8月23日(土)cloud空の中、東京に行ってきました。
この日は午後からアマチュアコンクールがあり、応援のために上京、その午前中に世田谷美術館まで行ってきました。

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渋谷から東京田園都市線で用賀へ、用賀駅からは美術館の専用バスがありました。100円!ラッピングも楽しいhappy01

 ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展
            印象派を魅了した日本の美
 


今回は絵画・浮世絵・工芸品約150点の展示です。
目玉は修復後初公開のモネ「ラ・ジャポネーゼ」です。有名な絵ですね。

ボストン美術館は日本のすばらしい浮世絵が多数コレクションされていることで有名です。
またそれと比較できる西洋の絵画なども多く所蔵されていることを知りました。

Img_0002今回の「ジャポニズム展」でも、広重や歌麿、北斎、国貞などの浮世絵と並んで、それに影響を受けた西洋絵画が展示されていて、大変わかりやすかったです。

浮世絵の構造や色遣いから影響を受けた西洋絵画など美術品や、浮世絵の木・鳥の形など、一部の図案ををそっくり拝借したような西洋絵画もありました。

ボナールの、よく目にする窓のある室内の風景も、実は浮世絵の縦線を強調する描き方に影響を受けていたのですね、びっくり。

昔、ヨーロッパに陶磁器を日本から輸出する際、浮世絵に包み、それが欧州で人気になった、と聞いたことがあります。
また1862年のロンドン万博、67年のパリ、76年フィラデルフィア、そして78年のパリ万博で日本熱は最高潮となったようです。

確かに多くの展示作品を見ていると、浮世絵の構図と色遣いはお洒落であり、見飽きない安心感がありました。
当時の西洋人にとっては衝撃的な文化であり、なんともお洒落に思えたことでしょう。

目玉のクロード・モネの「ラ・ジャポネーゼ」は2mを超える大作です。
真っ赤な打ち掛けのぼったりとした質感、紅葉の金色の刺繍や武者の立体感などすばらしいです。床にはござが敷き詰められていますが、日本から輸入されていたのでしょうか。

展示の浮世絵は「東海道五十三次」「富嶽百景」など、どれも有名なものばかり。(昔、お茶漬けのおまけになっていたなあ)
ロートレックの版画も多く、ガレやティファニー社などの工芸品、モネ数点・ゴッホ・マチス・ピサロ・ムンク・ベルナールの絵画、ビアズリーやゴーギャン・ドガ・マネなどのリトグラフ等々の展示があります。

今回、アーサー・ウェズリー・ダウを初めて知りました。日本の藍色から影響を受けたと言う青写真(サイアノタイプ)ですが、日本人には好まれると思います。素敵でした。

音楽でもドビュッシー始め、日本の影響を受けた人は多いですね。また勉強しなきゃsweat01

Img_0001                                     ↑クリックで大きくしてご覧ください

のんびり美術展を見ていたら、アマチュアコンクール最終予選出場のT先輩から「2番くじ引いた」とのメール。ルネッサンスのあっこちゃんは8番!ふたりとも出番が早い!大急ぎで三鷹に向かいましたbusdash

美術も音楽もとても勉強になった一日でした。お土産は船橋屋のくずもちheart04

2013年12月13日 (金)

「ターナー展」と「モネ展」

上野の都美術館で開催中の「ターナー展」と西洋美術館「モネ展」に行ってきました。
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春に「エル・グレコ展」「ラファエロ展」に行った時と同じ行動パターンですね。

ウィリアム・ターナーは1775年、ロンドンで理髪屋の息子として生まれました(没年は1851)。
ギターの作曲家で言うと、カルリ(1770-1842)ジュリアーニ(1781-1829)ソル(1778-1839)アグアド(1784-1849)と同時代の人です。古典派からロマン派の時代、ベートーベンの時代です。

10代初めで絵画の才能を現わしたターナーは、若くしてロイヤルアカデミーの会員となりました。初期の水彩によるイギリスの風景、中期のロマン的な豪華な油彩、晩年の抽象的な絵画、と作風が変わります。
画家の作風と言うのは激変することがよくあります。ピカソもゴヤもそうです。
作曲家と言うのはそれほどまでに音楽が変わることはないようにも思いますが、どうなんでしょうか。

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ターナーの若いころの風景画は、緻密であり、感覚的であり、水彩画らしい透明感がすばらしい。日本人に好まれるものでしょう。

←黄昏時のプンタ・デラ・ドガーナ(税関舎)とサンタ・デラ・サルーテ教会をホテル・エウロバより望む

当時の風景画と言うのは、旅行案内に使われるもの、と低く認識されていて、ターナーは風景画の格上げを目指していたようです。

後にターナーは「グランドツアー」にでかけます。当時(ナポレオン戦争後の平和な時代に)はグランドツアーと称し、欧州の、ことにフランス・イタリアに旅することが流行したようです。
ヴェネチアのまぶしいような水面と街の絵、俯瞰したようなローマの街、緻密な建築物のスケッチ、など、堂々とした油彩画、美しい水彩画がありました。
今までイメージしてきたターナーの絵とは少し違い、驚きました。

荒々しく勇壮な海の絵が有名なターナーですが、船のマストに何時間も縛り付けられ、嵐の様子を体験したと言う逸話があります。
イギリスの象徴でもある船の絵はアカデミーに喜ばれたようです。

晩年のターナーは色彩の感覚を主眼に描いたので、アカデミーの評判は悪かったようです。後期の絵はまるで印象派の絵のようで、次世代にターナーが与えた影響の凄さを感じました。

産業革命後の、急激に環境が悪化したロンドンの街を描いたものがありました。キャンバス一面、もうもうとした蒸気なのか煙煤なのか、と言った絵です。
200年前のロンドンも、今の日本も変わらない。(誰かに、どこかに、莫大な富をもたらす近代化・工業化がフクシマの惨状を生んだのではないか、と思います)

Img_0005NHK「日曜美術館」で見て感激した「海に沈む夕陽」→もありました。見ている間にも夕日が沈んで色彩が変わっていくような感覚がしました。
ターナーカラーである柔らかい黄色が果てしなく広がります。

ロマン派から印象派への橋渡しをした天才画家ターナーの100点以上の絵画展、すばらしかったです。おなかいっぱいまんぞく!

ターナーのあとはお隣の国立西洋美術館「モネ展」へ。

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西洋美術館所蔵の作品は何度か見ているので、今回はポーラ美術館からの貸し出し作品を主に見てきました。

モネのほかにも同時期の印象派の絵がたくさん展示されています。セザンヌ・ゴッホ・シニャック・シスレー・マネ・ゴーギャン・コロー・ピサロ・スーラなどなど。

Img_0008_3絵画の総数は90点ほど、そのうちモネは30点余。全体の6割強が西洋美術館所蔵品であとはポーラ美術館の所蔵作品です。

←モネの「睡蓮」はポーラ美術館のものに落ち着いた可憐さを感じました。
西洋美術館の「睡蓮」は筆のタッチが荒く厚塗りで、しかし遠くから見ると色彩に溢れています。
すばらしい「睡蓮」を見るにはパリまで行かないと見れませんね。

印象的だったのはピカソの「海辺の母子像」(ポーラ美術館蔵)でした。青の時代の作品です。

モネの有名な「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」(ポーラ美術館蔵)↓も展示されていましたが、モネのこの時期の作品ならばやはり「印象・日の出」が好きです。日本に来ないかなあ、と待っています。

国立西洋美術館の常設展にはすばらしい作品がたくさんあるので、時間がある時にはまた寄りたいです。

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東京とんぼ帰りツアー、最後に船橋屋のくずもちを買って帰ってきました。
帰りついた信州はとっても寒くて、でも満天の星空でした。

2013年9月 2日 (月)

松本市美術館 「メアリー・ブレア原画展」 行ってきました

9月29日(日)まで松本市美術館で開催中の「メアリー・ブレア原画展」に行ってきました。

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130830_134101_2メアリー・ブレア(1911~1978)はディズニースタジオでコンセプトアートディレクター、カラースタイリストをしていた方です。アニメーターではありません。

原画展を見る前に、美術館敷地内にあるレストラン「サンチーム」でランチ→
娘はキッシュプレート、私は子羊のワイン煮、お料理もパンもおいしく、雰囲気もとても良くて、その上お値段もお手頃。平日でもレストランは混んでいました。ケーキでお茶している方も多かったです。

さて、1000円払って2階の原画展へ。通路にもたくさんのぬり絵が飾ってあります。
初期のブレアの素敵な水彩画から始まって、ディズニー映画のための書かれたイラストが展示されています。ほかには50~60年代に手掛けた企業広告のイラスト、絵本原画がすっごーくかわいく、また、とっても懐かしい。このままここにずっと居た~い、と思いました。

かわいいイラストの絵葉書を買ってきました↓
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昔々家にあった、講談社のディズニー絵本が1冊展示されていました。懐かしい!
ほかにも「Little Golden Book」シリーズの展示とショップでの販売がありました。
ショップにはグッズが多数販売されていました。


130830_140001←「レモネード・ガール」などのぬり絵ができます。たくさんのぬり絵の作品が張られていました。

130830_140101 ↓ここは撮影ポイント。小さい子用ですね。
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9月29日まで開催しているのでまた行って来ようと思います。

2013年7月31日 (水)

シアター・リフレクション「ふしぎな町」を見てきました

7月27日(土)茅野市民館2階アトリエで行われたデンマークのシアターリフレクション公演を見てきました。
音楽以外のイベントは〈きっかけ〉がないと行かないのですが、お誘いを受け行ってきました。
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市民館アトリエに続く2階通路には、ダンボールで作ったオブジェや天井からの吊るし飾り・風鈴、かわいい椅子、デンマークの紹介パネルなどが置かれ、待っている間も楽しめます。
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お子さん向けのイベント(6歳以上むけ)ではありましたが、大人の方も結構いました。お父さん、お母さん、おばあちゃんと一緒の6~7歳の子供たちが多かったです。会場横で託児もありました。

さて、シアター・リフレクションとは?どんな内容だったのか?
説明が難しい。とにかくふしぎな空間です。視覚・聴覚・感覚…とてもよく考えられた構成ですした。
会場のアトリエには階段状の80席の座席が作られ、正面にはスクリーン、右手にペープサート(紙人形劇)の舞台、左手には音響担当の人がいます。
ペープサートなどを操る人が男女ひとりつづ、音響担当ひとり、の3人ですべてが演出されます。
人形劇の舞台の前には小さめのカメラが2台据え付けられ、時にはカメラを手持ちにして動かしながら、舞台の様子を大きくスクリーンに映し出します。
見ている人の視線を自然に舞台へ、スクリーンへと誘導します。
音楽を担当する人は、歌ったり、ヴォイスパーカッションやミュージックボックス、砂やビニールなどを使って様々な音を作ります。

砂と風、動物とビルディング、あなたとわたし…、自然と人間との関わりを感じながら舞台が進みます。
Img_3←ストーリーについてはチラシをお読みください。
(最後の質問コーナーでは「Every story is right story」とおっしゃっていました。)

小さい子がこの劇を体験したら、何だろう?どうなっているんだろう?とたくさんの???を感じることと思います。

昨年も茅野市民館でこのシアターリフレクションの公演があったようですが、来年もあるのかな?

ぜひとも、一人でも多くの子どもたちに体験してほしい、すばらしい不思議な世界でした。

2013年3月16日 (土)

駆け足見学「エル・グレコ展」と「ラファエロ展」

Img_0009 忙しい毎日の中、「これを見なければ一生後悔するかも…」と思い、上野までとんぼ返りをしてきました。
(結果…それほどではなかったですが。まあ、気分転換にもなったし行ってよかったかな)

まず向かったのは上野、東京都美術館で開催中の「エル・グレコ展」(~4/7(日)まで)

私が今まで見た絵画で最も感動したのが、トレドで出会ったエル・グレコの「ラクリマ(涙)」と言う聖ペテロの小さな肖像画です。本当に画面に涙がこぼれおちているように見えました。
もしやこの絵が今回の出品の中にあるか、と思ったのですが、残念。ありませんでした。

都美術館は平日だったのでまあまあの込み具合。名画を至近距離でじっくり鑑賞できました。

エル・グレコ(ギリシャ人と言う意味)は1541年にギリシャ・クレタ島で生まれ、1567年にイタリアに渡って絵画の勉強をし、1576年にスペインに移ります。4年後にはフェリペⅡ世より注文を受けたというのですから、スペインに渡ってすぐにその技量が認められていたのでしょう。(ただしフェリペⅡ世はグレコをそれほど気にいってはいなかった、らしい)
教会からの注文で多くの宗教画を残しましたが、晩年はトレドで友人たちの肖像画を多く描きながら暮らしていたようです。

グレコの作品は異常に縦に引き伸ばされた人物・画面構成が印象的ですが、普通に描かれた肖像画では服の質感・瞳の輝きなどすばらしく、また単なるポートレイトではない、内面的な人間性を感じます。

質感の素晴らしい「白貂の毛皮をまとう婦人」(62㎝×50㎝)と「聖ラウレンティウスの前に現れる聖母」(119㎝×102㎝)↓
(絵ハガキをスキャナーでとったものなので画質悪いです<m(__)m>)

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今回の展示目玉は「受胎告知」(1600年、114㎝×67㎝、ティッセン=ボルネミッサ美術館・マドリッド)と「無原罪のお宿り」(1613年、347㎝×174㎝、サン・ニコラス教区聖堂・トレド)でしょう。
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この2作品は似た構成で、全体がS字型であり、視線が自然と上方に向かいます。祭壇に掲げられた時に、下から見上げるよう考えた構造と言われています。

ところで、「受胎告知」と言うカトリック教的な意味はわかるのですが、「無原罪のお宿り」って何?
今回初めてその意味を知りました。カトリックでは(プロテスタントとは違い)マリア信仰があります。マリアは存在の始めの時点から(母アンナに宿った時から)原罪を免れているという考え方をしています。この絵は天使たちから「あなたのからだは無原罪である」と告げられ祝福を受けている絵、のようです。
キリスト教がわかりにくい方、拙ブログ記事12/22「中野京子著・名画と読むイエス・キリストの物語」の項をご参照ください。

印象的であったのは「福音書記者聖ヨハネのいる無原罪のお宿り」(1595年、236㎝×117㎝、サンタ・レオカディア・イ・サン・ロマン教区聖堂)
この作品のマリアのマントの青色が画面のかなりの部分を占め圧倒されます。マリアの神格化を感じました。

また、「オリーヴ山のキリスト」(1605年、138㎝×92㎝、リール美術館)ではキリストの遠く背後にキリストをとらえに来る兵士の槍と鎧が闇に光って描かれています。不気味さを感じました。
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国内では大原美術館にグレコの素晴らしい「受胎告知」があります(日本にこの作品があることは奇蹟と言われています)。大原美術館も大好きな美術館です。

また、都美術館では3月23日にギタリスト益田正洋さんの「ギターと絵画の交わるところ」コンサートも企画されているようです。

さて、強風の中、上野駅へ戻る途中で、国立西洋美術館の「ラファエロ展」(~6/2)にも寄ってきました。

ラファエロは後期ルネサンスのダ・ヴィンチ、ミケランジェロと同時期の美術家であり、この二人の影響を強くうけながらも自身は50人を擁する大工房を構え、人々に愛されながら大変数多くの名画を残しています。
ラファエロの弟子たちは高度な技術を持っていたため、ラファエロ作とされる名画の多くは、弟子たちと共に作り上げられた作品のようです。

ラファエロ「自画像」(1504年、47㎝×35㎝、ウフィツイ美術館)と「大公の聖母」(1505年、84㎝×56㎝、フィレンツェ・パラティーナ美術館)
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「大公の聖母」はバックが黒に塗りつぶされていますが、X線をあて、もとは室内の様子や窓から見た風景が描かれていたことが判明されています。
塗りつぶされた理由について、背景部に痛みがあったため、また、当時の流行で売りやすくしたため、など考えられるようです。

モナリザの影響を受けた絵や、ラファエロのすばらしいドローイングも展示されています。
ラファエロの作品のほかにも同時期の作家の作品や、後継者となる人々の作品も数多く展示されています。

せっかく国立西洋美術館に来たのだから久々に常設展も見ようと、こちらも早足で見てきました。ちょうど「版画素描展」開催中でシニャックやゴーガンなどの素敵な素描画も見れました。
006 ここの常設展は松方コレクションの印象派作品が充実していることで有名ですが、中世からの宗教画もかなり多くあります。ブリューゲル一族やロココ、バルビゾン派、コローなど印象派につながる時代の作品もしっかり網羅されています。
私の好きなモネ・フジタ・ボナール・デュフィが一度に見れるのがうれしい!
←デュフィの作品は音楽を題材にしたものも多く、美しい色彩感とデザインのような線の動きがあり大好きです。
現代作品にも、数は少ないですがカンディンスキー・ビュッフェなど、興味深い作品がありました。(ここの常設展は写真撮影OKです)

久しぶりの美術展で満足の一日でした!

2011年12月 8日 (木)

ゴヤ展 行ってきました

Ts3j00030004 先週11月30日、セルシェルのコンサートの開演前にゴヤ展を見てきました。
国立西洋美術館と東京文化会館は隣ですからね。

ゴヤ展の目玉「着衣のマハ」は日本で40年ぶりの公開とのこと。平日の夕方でも大勢の方が観覧に来ていました。

今回、マドリードのプラド美術館より「着衣のマハ」ほか油彩25点、素描画40点、版画6点が貸し出され、加えて西洋美術館など所蔵の版画51点も合わせて展示されています。

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828)はスペインに生まれ若いころから絵の修業をし、タペストリーの下絵職人などを経て40歳のころに国王に認められ、その後宮廷画家の地位にまで登り詰めた人です。ところが数年後には病気で聴覚を失い、有名な絵画のほとんどは耳が聴こえなくなってからの作品です。

「着衣のマハ」は「裸のマハ」とともに宰相ゴドイの依頼で描かれ、ゴドイが私邸にひそかに飾っていたものとのこと。後にゴヤはこれらの絵を描いたことで裁判にかけられます。
この絵にまつわる話は色々あるので興味のある方は文献を読んでみてください。

中ほどの展示室1面の壁に「着衣のマハ」1枚が飾られていました。大きさは横が約2m、縦が約1m。間近でゆっくり見ることができました。少し離れてみたほうが衣類の質感がより強く感じられました。
顔の色、透明感、温かさ、表情の豊かさはやはり図版ではわからないです。

展示画のうち、タペストリーの下絵の油彩画は、わかりやすい構図と色彩、当時の流行の服装や人々の様子が明るく描かれています。
一方肖像画では、衣服や装飾品の質感を卓越した技術で描き、また描く相手の威厳や愛らしさ、知的さまでもが感じられます。

Photo_2 興味深かったのは版画・素描画でした。

まず「ロス・カプリッチョス」シリーズ。全部で80点あるようです。今回の展示は24点ほど。

←これは37番「弟子のほうが物知りなのだろうか」(ポストカードより)

このシリーズでは人間の愚かな行動を動物に例えたり、聖職者・政治・貴族・民間療法師・役人・教師などを批判しています。

ここで音楽絡みの話。
スペインの作曲家グラナドスがゴヤの信望者であったことは良く知られていますが、イタリア人作曲家M・カステルヌオーヴォ=テデスコのギター曲に「ゴヤによる24のカプリチョス」という曲があります。
ゴヤの「ロス・カプリチョス」より24の絵を選び、それぞれの印象を曲にしたものです。
左の絵を題材にした曲もあります。
CDは山下和仁による収録など出ています。

Img_0004 Img_0005_2 次に「妄」シリーズと「素描帳G」シリーズ(ポストカードより)→

「妄」13番「飛翔法」(左)

「素描帳G」5番「空を飛ぶ犬」(右)

これらは晩年に近い作品群ですが、次第に難解で抽象的なものになっています。
社会の闇と光、戦争・暴力、人間の不条理と本性と現実社会、これらを嘆き、批判しながらもかすかな希望を見出していることが現れています。

111207_091501_2 ゴヤの作品で最も重要な絵は最晩年の「黒い絵」シリーズだと思います。
今回は展示がなかったので残念。
なかなか貸し出しされない絵だと思うのでマドリードまで行って見て下さい。

←プラド美術館の図録より
わかりにくいですが、「黒い絵」シリーズの4枚です。
たいへん重く、難解で、このような絵に囲まれて生活していたゴヤというのは普通の人間ではないです。

「ゴヤ展」を見て、ゴヤは常に人間の内面を見つめて生きた画家だったのだな、と思いました。

美術館はホント楽しいです!

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