文化・芸術

2018年2月21日 (水)

神長官守矢史料館  追記版

2018.2.16に公開した記事を2018.2.21に訂正・補稿しました

ひとつ前の記事「諏訪大社上社前宮」の続きになります。

前宮に初詣に行ってから諏訪の古い信仰に興味を持ち関連の本など読んでいました(昔から好きでしたけれどね、こういう話)。
とにかく「神長官守矢史料館」に行かねばと思いつつも忙しく、ようやくようやく行くことができましたscissors 

ImgKimg0582_2
神長官守矢史料館」

諏訪大社上社前宮から400m
ほど西の場所に神長の住まいがあり、その敷地内に史料館が建てられています。
道路脇の駐車場に車を泊めて中に進むと、門構えの立派な旧家があり、おずおずと更に進むと史料館が見えてきました。
茅野市が運営する博物館の一つです。


建物は建築家藤森照信氏の設計です。この建物は藤森氏の建築物1号であり、1991年に建てられました。
ちなみに藤森氏の生家はこの史料館のすぐ脇にあります。

神長(じんちょう)とは…前宮は古来からの諏訪の信仰「ミシャグチ神」の神事を行う場所であり、その神事を行ってきたのが「神長官」です。神長の神事は一子相伝で明治時代までは守矢家に伝わっていました。

信州・甲州を中心に東日本には700ほどのミシャグチ神社があると言われています。
ご神体は土地とも精霊とも、あるいは石棒・蛇など諸説あり、ミシャグチは謎の多い信仰です。

Kimg0569本来は前宮が神事を行う場所であったのですが、場所を移してより大きな社殿を造り、そこを本宮としたようです。

私が史料館を訪れた日は平日で私のほかに来館者はなく、館員のかたからとても詳しくお話しを聞くことができました。

毎年4月15日におこなわれている御頭祭を模した展示がありました。壁一面の鹿とイノシシの頭の剥製。現在の御頭祭には前宮の十間廊に3頭の鹿の剥製が並べられます。
昔は75頭の鹿の首が並んだわけですから壮絶というか、まさに不思議の国諏訪です


狩猟の神と言う感じです。

大祝(おおほおり)は代々諏訪家から排出され、子供の時には現人神として祀られ成人するとお役御免になり武士になったようです。
また大祝の使いのものとされる神使(おこう)は六名いて、贄柱に縛り付
けられたのち、酉の日に2人ずつ三方(諏訪方面、茅野方面、高遠方面)に出立をし神事を告げる巡回をしていたとのこと。この出立を祝うのが御頭祭りです。
大祝(のちの時代には神使)が祭りの時に生贄にされて殺されたという説もあります。
形だけだったのかもしれませんが、春を迎える時期に豊作を願う意味があったのでしょう。
現在も御頭祭の時には贄柱を氏子が担いで進むそうです。

史料館の奥の部屋には上社の絵地図を復元したものや、武田信玄の古文書の写真などがありました。
信玄は諏訪氏を滅ぼし諏訪の地を治めていたので関連の古文書が多いようです。(奥の部屋は写真NGです)

守屋山にまつわる話も館員の方から伺いました。
上社本宮の裏に聳え、上社のご神体とも言われる守屋山ですが、頂上には物部守屋を祭った神社があるとのこと。
どうして飛鳥時代の物部氏が関係するのかと思いましたが、廃仏論を唱えた物部守屋は厩戸皇子ら蘇我氏と争い、その際に守屋の次男がこの守屋さんに隠れていた、という伝説があるそうです。
また、上社の社殿裏にある巨石「硯石」が御神体とされ、古くは拝殿から石が見えたのだが、織田信長の軍勢に社殿が焼き払われ、現在の形に再建されたとのこと。

明治維新後の廃仏毀釈、新社格制により神官が国から派遣されるようになり一子相伝も崩れてしまったお話しも伺いました。

Kimg0571史料館の外にはミシャグチを祀った「ミシャグチ社」や大祝の墓、藤森氏設計の高過庵などもあることを館員の方から教えていただき雪が残る道を歩いてみました。

←桜の古い巨木の下には大小20ばかりの石がありました。掘られた文字には「天保」と読めるものがあったので江戸時代中期の大祝の墓でしょう。
大祝の屋敷はここから1キロほど北にあるそうですが、わざわざ神長屋敷の上に墓地を造ったことなど神長と大祝の因縁があるようです。

 
不思議ワールド諏訪の国と言われています。
諏訪湖に御渡り(おみわたり)ができることも諏訪七不思議のひとつです。

今年は5年ぶりに御渡りができました。
御渡りができるほどに今年は寒いです。

さて、もう少し暖かくなったら大祝屋敷跡を散策したいと思います。

Kimg0577_2最後に藤森氏設計の高過庵の写真

タケミナカタのことも知りたくて古事記を読みだしたら、余計に諏訪大社の異質感があぶりだされて、本当に面白い世界です。

皆様どうぞ諏訪大社上社前宮にいらしてくださいね

 

2018年1月 5日 (金)

初詣~諏訪大社上社前宮

皆様 本年もよろしくお願い申し上げます。

 

Kimg0556_32018年1月5日(金)、少しすいた頃かなと初詣に行ってきました。
毎年諏訪大社上社本宮に行くのですが、今年は前宮に行ってきました。
前宮までは我が家から車で15分ほど。
参拝客は少なく駐車場も空いていました。

 

道路のすぐわきに大きな鳥居があり、そこから本殿は100mほど奥にあります。
下から本殿は見えません。
本殿まではかなりの勾配の坂で、御柱祭ではここを御柱を引いた大勢の氏子が一気に上る様は圧巻です。

本殿の手前には十間廊があり、ここでほとんどの上社神事が行われます。
寅・申の年に行われる御柱祭は天下の奇祭として有名ですが、他の上社神事にもかなり変わったものが多いです。
そのひとつに御頭祭があります。この十間廊に七十五頭の鹿の頭が並べられる神事です。
今は剥製を数個置くだけのようです。

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 本殿の左脇には川が流れていて、この川の水を手水に使います。
ひしゃくが置かれていたので私も両手を洗い、口をすすぎました
(でも川の水なので手洗いだけをお薦めします)。

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本殿は昭和7年に建てられたもの。守屋山から続く山を背にし、眼下に北側の茅野の町並みが見降ろせます(この配置は中国の風水の影響はないようですね)。
晴れていれば八ヶ岳が一望できるのですがこの日は雲の中でした。
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前宮の周囲には見るべき史跡がたくさんあります。

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ここはミシャグチ信仰の地であり、一帯はその大祝(オオホリイ)であった守矢氏の居住地でした。人が住む里と神の居る山とのまさに境界。

古事記によると、出雲の国を追われたタケミナカタがスワの地に流れ着き、土着の洩矢族とたたかってタケミナカタが勝利し、それ以後タケミナカタが諏訪大社のカミとしてこの地に祀られた、とあります。
その時にタケミナカタの藤の枝が迎え撃った洩矢族の鉄器を腐らせた、ともあります。
中央に近いタケミナカタが藤の枝、と言うのはどういうわけでしょうか。渡来人の影響も受けていたであろう出雲族ならば青銅などを持っていたように思いますが…というのは全くの私見です。古事記や日本書紀…大好きなんです。 話しが長くなるのでこの辺で。

本殿からの帰りは参道を通らず「中之路」を通って降りてみました。道幅は1mほど、昔の参道の一つのようです。このあたりにはまるで飛鳥の古い道のような趣のある道がいくつかあります。畑の脇のそんな道を歩いて4柱の御柱を巡って柱に触れることもできます。

暖かな春になったらまたゆっくり散策に来ることといたしましょう!

最後に一昨年5月の御柱祭の写真も1枚。前宮二之柱です。
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2016年7月 3日 (日)

「流転 The Silent Views 福島&チェルノブイリ写真展」

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友人に勧められ、写真展を見てきました。

「流転 福島&チェルノブイリ写真展」

茅野市民館 市民ギャラリー 入場無料 7月6日(水)まで

チェルノブイリと福島の現状を撮った写真展です。

原発事故から30年経っても、いまだに高放射線が残り、ソビエト時代のままの廃墟の建物が残るチェルノブイリの写真。

フリーカメラマンの中筋純さんは幾度もチェルノブイリを訪れて、石棺に覆われる発電所とその周囲の風景を写真に収めて来られたようです。

そして5年前に福島でおこってしまった事故。

中筋さんは福島にも足繁く通い、貴重な写真を撮られてきたようです。
作品を見ていると、せつなさや、人間のおごりと無力さを感じます。

茅野市民館、市民ギャラリーを入ると、福島の野球場に放り込まれた廃棄物と残土の山、の大きな写真がありました。
作者の中筋純さんと作品です。

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↓上段が福島、下段がチェルノブイリ  同じような光景です。

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                 ↑チェルノブイリの遠景

↓誰もいない浪江町、富岡町  ガソリンスタンドもビニールハウスも放置された車も、ツタや植物に覆われています。

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「写真展の写真をどんどん撮って拡散して下さい」とのことでしたので、急いでブログにアップしました。(私は写真を撮るのが超ヘタなので、中筋さんの素晴らしい写真の良さが伝わっていないですね。是非会場でご覧ください)

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この写真展は、全国に巡回されるようです。

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 一般的な報道では知らされない状況を、ホンの少し垣間見れた写真展でした。

是非お近くの会場に足を運んでみてください。


 

2016年1月 8日 (金)

「竹久夢二と中山晋平」展

Imgart富士見町「高原のミュージアム」で開催中の「竹久夢二と中山晋平」展に母を連れて行ってきました。

富士見町は山梨県との境にある町、JR富士見駅北隣にある町営の複合施設の中に「高原のミュージアム」はあります。

中山晋平は北信濃、中野市の出身。明治20年に生まれ、東京音楽学校で学び、童謡・流行歌・小唄など、親しみのある曲を数多く生み出した作曲家です。
「毬と殿様」「兎のダンス」「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」「東京音頭」などなど誰もが知っている曲がたくさんあります。

竹久夢二は明治17年岡山県に生まれ、夢二式美人画で一世を風靡した画家。
夢二は結核のため51歳で富士見町高原療養所にて亡くなりました。

夢二と言うと、和服を着た女性の絵が思い浮かびますが、展示の中にはモダンでカラフルなドレスを着たかわいい女の子の絵などもあり、興味深かったです。

Yjimage展示の大半は、表紙に夢二の美人画のカットが描かれ、夢二が装丁した晋平の楽譜です。60点ほどありました。中には「マノンレスコーの唄」などもありました。
長野県各地の小唄「須坂小唄」「千曲小唄」「中野小唄」などもありました。

夢二が最後を過ごした富士見高原療養所(今の富士見高原病院)は、堀辰雄の「風立ちぬ」など名作の舞台でもあります。
私も富士見町に住んでいたことがあり、高原病院は出産のときなどお世話になった病院です。あのころは(もう四半世紀前ですが…^^;)まだ古い療養病棟が残されていました。ノスタルジックな建物で、今は取り壊されてしまい残念です。

常設展も見られます。常設展には、堀辰雄のほか、富士見の地を愛した作家、伊藤左千夫や田山花袋、アララギ派の島木赤彦や斎藤茂吉などに関するものが展示されてあります。

会期は2016.1.24(日)まで。開館時間9:30~17:00 月曜日休館 入館料300円です。

土曜日の昼下がりに出かけたのですが、美術展には誰もいなくて、なんてもったいない!300円ですよ。皆さん、ぜひお出かけください。

2015年11月16日 (月)

「モネ展」から「カフェ・ラルゴ」へ①

11/14(土)この時期にしては暖かなrainがそぼ降る中、東京へ行ってきました。
私が東へ向かう時は富士山は見えない。そんなあずさの車内でスマホを見ると、パリで起きた多発テロの悲惨なニュース。また無実な人々が犠牲になってしまった。悲しい現実ですね。
車内で読んだのが今日の予習も兼ねた原田マハ「ジヴェルニーの食卓」。面白かったです。

Img_0003さて、上野・東京都美術館にまっしぐら。モネを嫌いな日本人はいないだろう。案の定、館内は混んでいました。
遠く離れた場所から見たい絵もありましたが、人の頭しか見えません。

今回はパリ・マルモッタン美術館所蔵品から60点のモネの絵画と30点のモネ収集の絵画などが展示されていました。

クロード・モネ(1840~1926)はフランスの画家。印象派の筆頭に挙げられます。

展示室最初は、幼い自分の息子を描いたものなど家族の肖像が並んでいます。次の展示室には花を描いたものと風景画がありました。ここで人気だったのが「霧のヴェトゥイユ」。↓
Img_0005有名な大聖堂シリーズや国会議事堂などに似て、霧の中に幻想的に浮かぶ建物が描かれています。実物はもっと白っぽくて、本当に濃い霧にかすんでいるように見えました。クリックで画像を大きくしてご覧ください。

次の展示はモネが収集した水彩画やエッチングが並んでいました。ドラクロワ、ピサロ、シニャックなど、素敵な小品ばかりでした。
次には10代のモネが鉛筆で描いたカリカチュアの小品が並んでいました。人物をデフォルメして書いたものです。驚きました。睡蓮のイメージからは程遠く、漫画のようないたずら書きのような絵です。

次に今回の目玉「ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅」(1877.65×81cm)の展示ですが、あまり人気がなかったです。展覧会前期はあの有名な「印象、日の出」の展示だったのですが、後期は入れ替えで「サン=ラザール駅」の展示。
同じ題材でモネは12点描いたようです。蒸気機関車が新しい乗り物として社会を変えていたころの活気ある様子が伝わります。
でも…以前オルセーで見た「サン=セザール駅」のほうが良かった。
比べて見るとこんな感じです。

今回の展示↓                          オルセー美術館の作品↓
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次にノルマンディーの素敵な風景画が並び、いよいよ「睡蓮」へ。ここには睡蓮を描いたものはじめ、10点のジヴェルニーの庭を主題にした作品があります。
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正面に展示された横2mほどの大きな「睡蓮」には驚きました(画像は一部です)。まるで描きなぐったような荒々く太いタッチと鮮やかな色彩、何を描いたのかわからないような作品でした。この時期モネは白内障を患い、よく見えていなかったようです。モネの苦悩が感じられました。この後モネは目の手術をし,死後オランジュリーに収められる大作「睡蓮」を描き上げたとのことです。

記事冒頭のチラシにある「睡蓮」は、展示室が暗いうえに照明が絵に当たって反射し、全体がよく見えませんでした。できればモネが描いたように自然光の中で見たいものですが、パリまで行かないとむずかしいのかもしれません。(海外の美術館はもっと明るいです)

最後の展示は最晩年のものでジヴェルニーの庭の柳や池と日本橋を描いたものですが、色彩がとても感覚的で、しかし力強いものでした。

今回のチラシ裏面

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「印象日の出」はこれから京都・福岡の巡回展で見られるようです。
隣の「国立西洋美術館」にもモネの作品が10点ほどあります。常設で見られますし、内容もとても良いです。他にもすばらしい作品がたくさんあるのでおすすめします。
今回の展示、正直言って☆☆☆☆☆くらい。昨年世田谷美術館でみた「ジャポニズム展」のモネのほうがインパクトありました。
睡蓮は日本の美術館にも所蔵されているので、また色々見たいと思います。
モネの作品で個人的に一番好きなのは「かささぎ」です。四国にあるという「ジヴェルニーの庭」は訪れてみたいです。

さて、上野を後にし練馬に向かいました…。続く。




2014年9月26日 (金)

スタインウェイ物語~雑誌「AGORA]より

001JALカードの月間情報誌「AGORA]8・9月合併号にスタインウェイ物語と題した12頁の特集がありました。(表紙はベネチアの風景で素敵)

フルカラーの写真も魅力的で、ピアノど素人の私にも面白い記事でした。

スタインウェイはマンハッタンに巨大な工場があり、1台のピアノの製造に300人の職人が携わり、すべて手作りなのだそうです。
年間製造台数は1200台に満たないとのこと。

ショールームは超豪華!
003地下には巨大な調律室があり、ラフマニノフやホロヴィッツ、ルービンシュタインもここで選んだとか。
運送専門のスタッフも誇りを持って仕事をしているようです。

同じ号に、スペイン北部・パンプローナの特集もあり、こちらも面白かったです。

あまり詳しく書くとAGORA誌に怒られそうなので、ここらへんまで。

2014年8月26日 (火)

世田谷美術館「ボストン美術館・華麗なるジャポニズム展」行ってきました

8月23日(土)cloud空の中、東京に行ってきました。
この日は午後からアマチュアコンクールがあり、応援のために上京、その午前中に世田谷美術館まで行ってきました。

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渋谷から東京田園都市線で用賀へ、用賀駅からは美術館の専用バスがありました。100円!ラッピングも楽しいhappy01

 ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展
            印象派を魅了した日本の美
 


今回は絵画・浮世絵・工芸品約150点の展示です。
目玉は修復後初公開のモネ「ラ・ジャポネーゼ」です。有名な絵ですね。

ボストン美術館は日本のすばらしい浮世絵が多数コレクションされていることで有名です。
またそれと比較できる西洋の絵画なども多く所蔵されていることを知りました。

Img_0002今回の「ジャポニズム展」でも、広重や歌麿、北斎、国貞などの浮世絵と並んで、それに影響を受けた西洋絵画が展示されていて、大変わかりやすかったです。

浮世絵の構造や色遣いから影響を受けた西洋絵画など美術品や、浮世絵の木・鳥の形など、一部の図案ををそっくり拝借したような西洋絵画もありました。

ボナールの、よく目にする窓のある室内の風景も、実は浮世絵の縦線を強調する描き方に影響を受けていたのですね、びっくり。

昔、ヨーロッパに陶磁器を日本から輸出する際、浮世絵に包み、それが欧州で人気になった、と聞いたことがあります。
また1862年のロンドン万博、67年のパリ、76年フィラデルフィア、そして78年のパリ万博で日本熱は最高潮となったようです。

確かに多くの展示作品を見ていると、浮世絵の構図と色遣いはお洒落であり、見飽きない安心感がありました。
当時の西洋人にとっては衝撃的な文化であり、なんともお洒落に思えたことでしょう。

目玉のクロード・モネの「ラ・ジャポネーゼ」は2mを超える大作です。
真っ赤な打ち掛けのぼったりとした質感、紅葉の金色の刺繍や武者の立体感などすばらしいです。床にはござが敷き詰められていますが、日本から輸入されていたのでしょうか。

展示の浮世絵は「東海道五十三次」「富嶽百景」など、どれも有名なものばかり。(昔、お茶漬けのおまけになっていたなあ)
ロートレックの版画も多く、ガレやティファニー社などの工芸品、モネ数点・ゴッホ・マチス・ピサロ・ムンク・ベルナールの絵画、ビアズリーやゴーギャン・ドガ・マネなどのリトグラフ等々の展示があります。

今回、アーサー・ウェズリー・ダウを初めて知りました。日本の藍色から影響を受けたと言う青写真(サイアノタイプ)ですが、日本人には好まれると思います。素敵でした。

音楽でもドビュッシー始め、日本の影響を受けた人は多いですね。また勉強しなきゃsweat01

Img_0001                                     ↑クリックで大きくしてご覧ください

のんびり美術展を見ていたら、アマチュアコンクール最終予選出場のT先輩から「2番くじ引いた」とのメール。ルネッサンスのあっこちゃんは8番!ふたりとも出番が早い!大急ぎで三鷹に向かいましたbusdash

美術も音楽もとても勉強になった一日でした。お土産は船橋屋のくずもちheart04

2013年12月13日 (金)

「ターナー展」と「モネ展」

上野の都美術館で開催中の「ターナー展」と西洋美術館「モネ展」に行ってきました。
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春に「エル・グレコ展」「ラファエロ展」に行った時と同じ行動パターンですね。

ウィリアム・ターナーは1775年、ロンドンで理髪屋の息子として生まれました(没年は1851)。
ギターの作曲家で言うと、カルリ(1770-1842)ジュリアーニ(1781-1829)ソル(1778-1839)アグアド(1784-1849)と同時代の人です。古典派からロマン派の時代、ベートーベンの時代です。

10代初めで絵画の才能を現わしたターナーは、若くしてロイヤルアカデミーの会員となりました。初期の水彩によるイギリスの風景、中期のロマン的な豪華な油彩、晩年の抽象的な絵画、と作風が変わります。
画家の作風と言うのは激変することがよくあります。ピカソもゴヤもそうです。
作曲家と言うのはそれほどまでに音楽が変わることはないようにも思いますが、どうなんでしょうか。

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ターナーの若いころの風景画は、緻密であり、感覚的であり、水彩画らしい透明感がすばらしい。日本人に好まれるものでしょう。

←黄昏時のプンタ・デラ・ドガーナ(税関舎)とサンタ・デラ・サルーテ教会をホテル・エウロバより望む

当時の風景画と言うのは、旅行案内に使われるもの、と低く認識されていて、ターナーは風景画の格上げを目指していたようです。

後にターナーは「グランドツアー」にでかけます。当時(ナポレオン戦争後の平和な時代に)はグランドツアーと称し、欧州の、ことにフランス・イタリアに旅することが流行したようです。
ヴェネチアのまぶしいような水面と街の絵、俯瞰したようなローマの街、緻密な建築物のスケッチ、など、堂々とした油彩画、美しい水彩画がありました。
今までイメージしてきたターナーの絵とは少し違い、驚きました。

荒々しく勇壮な海の絵が有名なターナーですが、船のマストに何時間も縛り付けられ、嵐の様子を体験したと言う逸話があります。
イギリスの象徴でもある船の絵はアカデミーに喜ばれたようです。

晩年のターナーは色彩の感覚を主眼に描いたので、アカデミーの評判は悪かったようです。後期の絵はまるで印象派の絵のようで、次世代にターナーが与えた影響の凄さを感じました。

産業革命後の、急激に環境が悪化したロンドンの街を描いたものがありました。キャンバス一面、もうもうとした蒸気なのか煙煤なのか、と言った絵です。
200年前のロンドンも、今の日本も変わらない。(誰かに、どこかに、莫大な富をもたらす近代化・工業化がフクシマの惨状を生んだのではないか、と思います)

Img_0005NHK「日曜美術館」で見て感激した「海に沈む夕陽」→もありました。見ている間にも夕日が沈んで色彩が変わっていくような感覚がしました。
ターナーカラーである柔らかい黄色が果てしなく広がります。

ロマン派から印象派への橋渡しをした天才画家ターナーの100点以上の絵画展、すばらしかったです。おなかいっぱいまんぞく!

ターナーのあとはお隣の国立西洋美術館「モネ展」へ。

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西洋美術館所蔵の作品は何度か見ているので、今回はポーラ美術館からの貸し出し作品を主に見てきました。

モネのほかにも同時期の印象派の絵がたくさん展示されています。セザンヌ・ゴッホ・シニャック・シスレー・マネ・ゴーギャン・コロー・ピサロ・スーラなどなど。

Img_0008_3絵画の総数は90点ほど、そのうちモネは30点余。全体の6割強が西洋美術館所蔵品であとはポーラ美術館の所蔵作品です。

←モネの「睡蓮」はポーラ美術館のものに落ち着いた可憐さを感じました。
西洋美術館の「睡蓮」は筆のタッチが荒く厚塗りで、しかし遠くから見ると色彩に溢れています。
すばらしい「睡蓮」を見るにはパリまで行かないと見れませんね。

印象的だったのはピカソの「海辺の母子像」(ポーラ美術館蔵)でした。青の時代の作品です。

モネの有名な「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」(ポーラ美術館蔵)↓も展示されていましたが、モネのこの時期の作品ならばやはり「印象・日の出」が好きです。日本に来ないかなあ、と待っています。

国立西洋美術館の常設展にはすばらしい作品がたくさんあるので、時間がある時にはまた寄りたいです。

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東京とんぼ帰りツアー、最後に船橋屋のくずもちを買って帰ってきました。
帰りついた信州はとっても寒くて、でも満天の星空でした。

2013年9月 2日 (月)

松本市美術館 「メアリー・ブレア原画展」 行ってきました

9月29日(日)まで松本市美術館で開催中の「メアリー・ブレア原画展」に行ってきました。

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130830_134101_2メアリー・ブレア(1911~1978)はディズニースタジオでコンセプトアートディレクター、カラースタイリストをしていた方です。アニメーターではありません。

原画展を見る前に、美術館敷地内にあるレストラン「サンチーム」でランチ→
娘はキッシュプレート、私は子羊のワイン煮、お料理もパンもおいしく、雰囲気もとても良くて、その上お値段もお手頃。平日でもレストランは混んでいました。ケーキでお茶している方も多かったです。

さて、1000円払って2階の原画展へ。通路にもたくさんのぬり絵が飾ってあります。
初期のブレアの素敵な水彩画から始まって、ディズニー映画のための書かれたイラストが展示されています。ほかには50~60年代に手掛けた企業広告のイラスト、絵本原画がすっごーくかわいく、また、とっても懐かしい。このままここにずっと居た~い、と思いました。

かわいいイラストの絵葉書を買ってきました↓
Img_0003Img_0005Img_0006_2

昔々家にあった、講談社のディズニー絵本が1冊展示されていました。懐かしい!
ほかにも「Little Golden Book」シリーズの展示とショップでの販売がありました。
ショップにはグッズが多数販売されていました。


130830_140001←「レモネード・ガール」などのぬり絵ができます。たくさんのぬり絵の作品が張られていました。

130830_140101 ↓ここは撮影ポイント。小さい子用ですね。
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9月29日まで開催しているのでまた行って来ようと思います。

2013年7月31日 (水)

シアター・リフレクション「ふしぎな町」を見てきました

7月27日(土)茅野市民館2階アトリエで行われたデンマークのシアターリフレクション公演を見てきました。
音楽以外のイベントは〈きっかけ〉がないと行かないのですが、お誘いを受け行ってきました。
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市民館アトリエに続く2階通路には、ダンボールで作ったオブジェや天井からの吊るし飾り・風鈴、かわいい椅子、デンマークの紹介パネルなどが置かれ、待っている間も楽しめます。
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お子さん向けのイベント(6歳以上むけ)ではありましたが、大人の方も結構いました。お父さん、お母さん、おばあちゃんと一緒の6~7歳の子供たちが多かったです。会場横で託児もありました。

さて、シアター・リフレクションとは?どんな内容だったのか?
説明が難しい。とにかくふしぎな空間です。視覚・聴覚・感覚…とてもよく考えられた構成ですした。
会場のアトリエには階段状の80席の座席が作られ、正面にはスクリーン、右手にペープサート(紙人形劇)の舞台、左手には音響担当の人がいます。
ペープサートなどを操る人が男女ひとりつづ、音響担当ひとり、の3人ですべてが演出されます。
人形劇の舞台の前には小さめのカメラが2台据え付けられ、時にはカメラを手持ちにして動かしながら、舞台の様子を大きくスクリーンに映し出します。
見ている人の視線を自然に舞台へ、スクリーンへと誘導します。
音楽を担当する人は、歌ったり、ヴォイスパーカッションやミュージックボックス、砂やビニールなどを使って様々な音を作ります。

砂と風、動物とビルディング、あなたとわたし…、自然と人間との関わりを感じながら舞台が進みます。
Img_3←ストーリーについてはチラシをお読みください。
(最後の質問コーナーでは「Every story is right story」とおっしゃっていました。)

小さい子がこの劇を体験したら、何だろう?どうなっているんだろう?とたくさんの???を感じることと思います。

昨年も茅野市民館でこのシアターリフレクションの公演があったようですが、来年もあるのかな?

ぜひとも、一人でも多くの子どもたちに体験してほしい、すばらしい不思議な世界でした。

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